漫画家アシスタント物語 番外編 「それでも、さがみゆき先生は怒らなかった」 その4
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この写真は、私が暮らした仙川の3畳一間の下宿内を撮影したものです。 コタツの上、左側に灰皿がありますが、いつも吸い殻が山の様にテンコ盛りになっていました。 また、その横にあるマグカップですが、このカップは1年位全然洗わずに使っていました。(カップの中や外の黒いこびり付きが鍾乳石の様に固まっていました)
その4
1週間で20ページ仕上げなくてはならないのに・・・・・・
まだ半分の10ページしか出来上がっていない・・・・・・
さらに、2,3日すると・・・・・・さが先生(30歳位の女流怪奇漫画家)から電話がかかってきました・・・・・・・下宿の大家さんが私を呼びに来たのです。
さが先生が描いたキャラクターの背景画を描くのですが、怪奇漫画のために黒っぽい処理(つまり墨でベタに塗る面積が多い)が多用され、比較的楽な仕事なのですが・・・・・・・
それがかえって緊張感を失い・・・・・・・・私は、ダラダラとコタツに潜り込んで惰眠をむさぼっていたわけです。
電話がかかってきたのは夜だったと思います。
私は下駄をつっかけて重苦しい気分で、下宿の隣にある大家さんの自宅へ向かいました・・・・・・・・
黒いダイヤル式の受話器を受け取りモジモジとコードをいじりつつ・・・・・・・
「は・・・・い・・・・・・」
「小池く~ん、ど~ですか~~?」
湯加減でも訊く様な、妙に優しいとろける様な言い方をするさが先生。
私は、この優しい声に甘える様に・・・・・・・ズル賢く・・・・・・・・
「ちょっと頭痛がするんです・・・・・・・」
「え?!」
私は、一時しのぎのウソを言いましたが・・・・・・・さが先生の驚きの声に「疑い」の気持ちがまったくないと判断した私は、完全に調子付いていきます・・・・・・・・
「それから、熱もあるみたいで・・・・・・・風邪をひいたみたいなんです・・・・・・・」
「そりゃあかんわァ~! 無理したらあかん!」
「・・・・・・・・・」(汗)
「なんで連絡くれへんの~、ゆっくり休まな~あかんや~~ん!」
この先生の思いやりのある有難い言葉を聞いて・・・・・・・・・情けない話ですが・・・・・・・私は嬉しくて仕方がありませんでした。(背景画を描かずに済む!)
「心配やわ~、ゆっくり休まな~」
「すいません・・・・・・・原稿の仕上げが・・・・・・・・」
「そんな事、気にせんで~! 来週でえ~んよ~!」
この時の、さが先生の優しい声が今でも聞こえてきそうです・・・・・・・・
この業界で、約束の仕事が出来ずに遅くなってしまったら、そのアシスタント、もしくは新人漫画家は、致命的な評価を受けることになります。(一発で信用を失います)
それを思うと、この嘘つきの馬鹿アシスタント(私)のやっている事の下品さが悔やまれるわけです。
私が当時(1973年頃)暮らした京王線の仙川駅界隈は、静かな住宅街で大きな建物といえば、キューピーの工場と桐朋大学があるくらいでした。
駅前の商店街は小さなスーパーや雑貨品店、食料品店、など木造の小さなな店が並び、とても素朴で庶民的な賑わいがありました。
しかし、今では・・・・・・駅は大きく変貌し、駅周辺も大きなビルが建って、すっかりその面影を替えてしまいました。
今、この街を歩いても私の記憶に残るものは一つもありません。
長い時間が経過したからだけではなく、私が暮らした生活領域があまりにも小さすぎたからです。
貧乏で金もなく、商店街を利用するでもなく・・・・・ただ歩いているだけ、定食屋もラーメン屋にも行かずに、もやしを入れた即席ラーメンを自炊して毎日引き籠っていました・・・・・・・
私が利用したお店と言えば・・・・・・・パンの耳を大きな袋に30円で譲ってもらっていたお菓子屋や、100円ラーメンが売りのボロボロに傾いた食堂、アルバイトニュースを毎日買っていた駅前の売店・・・・・・この程度の場所と下宿を行ったり来たりしてるだけの狭い生活領域。
そんな場所は、わずかな時間の経過とともに、全てが建て替わってしまっているわけです。
わびしい3畳一間の暮らしの中で、コタツの上でコツコツと漫画を描き、惰眠をむさぼり、時々、通販で買ったインチキエロ写真を見ながらオナニーをしていた自分を思い出します。
「ゆっくり休まな~あかんや~~ん」
さが先生の声が聞こえる様です・・・・・・・
あの暗い下宿の中を漂う様に・・・・・・
漫画家アシスタント物語 番外編「それでも、さがみゆき先生は怒らなかった」その5へ続く
著者紹介
イエス小池 : 1955年(昭和30年)生まれ、高卒。74年、19歳で最初のアシスタントさがみゆきに師事。20歳でかわぐちかいじ、22歳で村野守美、78年、23歳から現在までジョージ秋山に師事。87年「ヤングジャンプ青年漫画大賞」で準入選、同作品でデビュー。96年単行本「サイコホスピダー」出版。08年ブログ書籍「漫画家アシスタント物語」出版。
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